海外旅行傷害保険付帯の携行品被害請求事案
岸壁から海に車両が飛び込んだという事故現場調査を済ませ、タバコに火を付けた時、いきなり携帯電話が鳴った。調査会社の営業社員からの電話である。
『中川です。今、いいですか?』こういう時の電話なんてロクなことがない。
『ああ、ちょっと整理してるとこやけど、まあええよ何?』
『いや実は新規案件のことですが…』だいたい予想が付く事であるが前もって電話が入るということは、大抵ちょっと込み入った案件と相場が決まっている。
普通なら勝手に事務所のFAXに巻紙状態になって入っているものである。『中川君がわざわざ電話してくるということやからねえ…。今、何件抱えてるか知ってる?』
『ええ、まあ武さんの案件ケースを見ると結構膨らんでいるんですけどね…』
『それでも言うか、超急ぎとか言うたらあかんで!』
『ははは、普通に急ぎですわ』
『結局一緒やんか、で、どんな事故?』
大体いつもこういう調子である。調査員は1件やってなんぼの稼業であるが、あまり案件を抱えるとレポート作成に支障をきたすので多くを抱えたくないのが実情なのだが…。
『海外旅行傷害の携行品損害、盗難ですわ。しかし、ちょっとおもろいんで武さんにやってもらおかと…』
『ふーん、多重契約有りとか…』
『ようわかるね、その通り。既に他社に3件の契約があることがわかっています。しかも数年前に1回請求歴があります。どうです?やりますか?』
『やりますかて、もう調査員の項目に俺のゴム印ついてあるのとちゃうか?』
『あっははは、たまには軽いのもやってもらわんとね…』
『何言うてんねん。で、ポイントは?』
『はっきり言って偽装の疑いです。前回の時は警察届出もなされているのですが今回はありません。事故状況は前回の事故と全く同じです。今回のは言葉がわからないので届出なかったと言うてます。場所はハワイとなっています。』
『まあ、契約者に会うて見んとなんとも言えんな。資料はもうFAXしたんやろ?』
『今ねブリブリ言うて送ってますわ、ではよろしく!』
海外旅行傷害保険にだいたいセットされている携行品特約というのは便利な保険である。盗難事故はしょっちゅうあるし、カメラを落して壊したとか、いろいろとある。
小額の場合は保険会社もごちゃごちゃ言わすに支払うケースが多いようだが、高額請求あるいは過去に支払い歴があったりということになると一応調査を入れることがままある。
ことわっておくが、被害の事実確認ということであるから、なんでもかんでも疑ってかかっているわけではない。
事務所に戻ってみると、FAXから巻物状態になった資料があふれている。オートカットのFAXに替えたらと言われるのだがパソコンを使うようになってからFAXは受信だけに使用しているようなもんで、わざわざ新しい機械に替える気がしない。
資料を見ると、契約者は3名であり、夫婦と夫の兄弟となっている。代表して窓口になっているのは夫婦の方の妻である。かつて同じ保険会社で保険金請求をして保険金が支払われている。被害発生場所はハワイで、この時の請求には警察届出ありとなっているが今回は警察に届けていない。
被害にあったものはサーフボードやビデオカメラなどで、レンタカーに荷物を積んで道路脇にあった弁当屋のようなところで弁当を買っている間に盗難に遭ったとしている。 サーフボードについては、購入店の領収書が添付されているがその他のものについての資料はない。
数年前の資料によると、当時は夫婦ではなかったようである。しかし、保険金請求書の筆跡は現在妻になっている人物のものとなっていた。被害発生状況は、今回の請求とほぼ同様である。
契約者は夫の方が会社役員となっており、仕事が多忙ということから窓口を妻にということらしい。旅行に行ったとする期間は1ヶ月間である。今回の保険金請求は夫婦分で約90万円となっている。
なにわともあれ、窓口となっている妻に連絡を取る。受け答えはごく普通であるが、夫は仕事で忙しいので自分が代表して面談したいと言う。基本的には夫婦で行ったということなので夫婦を相手に面談をしたいのだが仕方がない。
とりあえず面談の約束を取り付けて、その時に旅行に行った時の資料(パスポートとか、旅行会社の資料等)と被害に遭った品目の購入資等を持って来てもらえるよう依頼した。
『いろいろ要るのですね?前はそんなこと言われなかったと思うのですが…。』
『はい、申し訳ないのですが事実確認ということなのでぜひお願いします。』
面倒くさいなという感じがありありと感じられる受け答えである。以前の時は調査など入れずにそのまま支払っている。
とにかく面談をすることを約束した後で、最後に 『すいません、もう一つお願いがあります。せっかく旅行にいかれたわけですからスナップ写真などを撮影されておられると思います。最近のカメラはオートデートで撮影日が入ると思いますので、差し支えない写真をお持ちいただきたいのですが…。』と念を押しておいた。
『…わかりました。…』
いよいよ面談当日、会社からの連絡で例の妻が連絡を欲しいと言ってきたとのことである。連絡をとってみると…。
『お電話を頂戴したそうで…何か?』
『すいません。今日お約束していたのですが主人に相談すると、そんなにややこしい事ならもういいと言うので、お断りしようと連絡したのです。』
『そうですか?それは契約者様のご都合ですから、我々にはどうすることも出来ません。ただ、保険金請求を取り下げるということであれば保険会社にその旨を伝えて下さい。私の方からも保険会社には連絡しておきますが…。』
『それはややこしいことになるのですか?』
『いえ、私の方は事実確認を引き受けているので、勝手に判断はできないということなのです。しかし、実際に被害に遭われてせっかく保険に加入されておられるのに本当に良いのですか?たしか被害額は90万円くらいでしたよ。』
『ええ、主人も良いと言っていますので結構です。』
『わかりました。本当に良いのですね。保険会社さんにはその旨を伝えておきます。もしかしたら、保険金請求はしないとの念書のようなものを頂戴するようにとい指示があるかも知れませんので、もしその節はよろしくお願いします。』
という具合である。
結局、この案件はこれで打ち止めということになり、この経緯を打って保険会社に出したところ、請求取り下げになったのでこの案件はキャンセル扱いと言う。
キャンセル?それはないやろ!という感じだが仕方のないことと諦めざるを得ない。
個人的には調査依頼があって、事実確認に連絡を取ったところ相手は保険金請求を諦めたわけである。保険会社としては保険金をまったく支払う必要がなくなったのであるから、それに対してのコミッションは欲しいというのが正直なところであるが…(笑)
本件のポイント
この案件は偽装の可能性が極めて高いというか確信犯といえる。おそらく実際には海外旅行に行っていないか、もしくは行ったとしても被害そのものはなかったと推測している。資料を見せるのが面倒だからという理由だけで90万円もの損害を簡単に放棄はしないであろう。ちなみに同行したとする夫の兄弟も同様に保険金請求を取り下げた。この相手は電話の応対もその妻に任せ、一切話しをすることはなかった。
本件では、他の保険会社に同様の補償をカバーする保険に加入していた。もし、この請求が各保険会社に対して行われ、それぞれの保険会社が保険金を支払ったとしたら、この契約者たちは仮に旅行に行っていたら旅行代金を完全に取り戻すどころかおつりが来るほどの保険金を手にすることなる。
実際に旅行に行かずに保険金詐取を目的に保険請求を行ない、保険金を手にしたら立派な詐欺となる。
この項で書いている記事はずいぶん以前のものですので、現在とは状況が異なっている場合もあります。
しかし基本的にはなにも変わっていないともいえますので、そのまま掲載しています。
2016年12月19日
スポンサーリンク