運が悪いこともある【飲酒疑義】

本ページの内容は,実際の調査事案を基にしたフィクションです。したがって登場人物その他は実在するものではありません。

スポンサーリンク


運が悪いこともある【飲酒疑義】


高山俊介、55歳、大阪市内の自宅マンションの一室を事務所にしてフリーの工業デザイナーを生業としている。事故当日、自宅で妻と共に早めの夕食を摂って、午後6時過ぎに自宅を出発した。高山は自動車を2台所有しているが、この日はスポーツタイプの車両を使用して出かけた。

行き先は新大阪駅である。6時45分頃には新大阪駅のロータリーに到着していた。同じ頃新大阪駅から一人の女がロータリー方向に出てきた。女は横山澄江、38歳、今は事情があって滋賀県に一人で居住しているが以前は大阪市内のスナックに勤めたこともある。現在、夫との離婚係争中である。東淀川区には以前居住していたマンションがそのまま残されており、大阪に出てきた時はこのマンションを宿泊場所として利用している。

高山と横山はいわゆる不倫関係にあるのだが、今回逢うのは約1ヶ月振りになる。

短い挨拶を交わしたあと、横山がお腹が減ったと言うのでとりあえず新大阪近くの洋風居酒屋に行き、横山は2ディッシュの一品料理とグラスワインを注文した。高山は食事を済ませていたこともあって、ウーロン茶を注文し横山の注文した料理を少しつまむという形になった。

互いの近況を話したりして二人は約1時間後に店を出て、午後8時30分頃には新大阪近くにあるラブホテルに入っていた。

午後11時頃ホテルを出た後、高山は横山を東淀川区のマンションに送り、自宅へ向かった。この日は夕方から大阪地方には大雨警報が発令されており二人がホテルを後にした午後11時頃はまさに大雨の状態であった。

東淀川区から自宅に向かう高山はいつも通りの道路を通行しようとしたが、道路は冠水状態で通行止めになっていた。仕方なく別の道路に迂回しようとしたが、その道路も途中から通行できない状態になっていた。 再び元来た方向に戻ろうと事故現場である信号交差点に出てきたが、その信号は赤点滅表示になっていた。

このタイプの交差点の夜間信号表示は、停止線あたりに車両が停まるとセンサーが作動して信号が変わる仕組みになっているところが多い。この交差点もそういう仕組みになっていた。

高山は停止線あたりで停止し、信号の変わるのを待ったが一向に代わる気配がない。外は大雨で視界も満足に確保できない状況である。この雨のなか、外に出て押ボタンを押すなどということは出来ない。

時間は午前0時に近くなり高山は待てども変わらない信号に苛立ち、ついに信号を無視して交差点に進入した。ところが運悪く右方から2トントラックが走行してきていたのである。

交差点に進入した途端、高山は右前部分に大きな衝撃を受け、車両は左に振られて歩道と車道の間に設けられている防護柵に車両左側面をたたきつけられることとなってしまった。

一瞬何が起こったのかわからない状態だったが、運転席側の窓ガラスは割れ、自身も頭部から少し出血していた。相手のトラックは前方に止まっているようであるが、そこまで様子を見ている余裕はなかった。

雨は相変わらず大雨状態で、外に出るのも困難という状態である。高山は少し落ち着くと自車が走行出来るか試そうと車両を動かした。右フェンダー部分やボンネットは曲がっているが、なんとか自走することは出来た。

この雨のなかで警察に連絡をとって、事故処理をする手間を考えると憂鬱な気分になった。相手はトラックであるし自分より損傷は少ないであろう。このままなんとか帰って明日になってから善後策を考えればよいと判断したのである。

なんとか車両を動かして自宅に戻った。自宅に戻ってみると時間は午前1時前である。窓ガラスが割れてしまったこともあって身体もびしょ濡れ状態になっていた。幸い怪我がたいしたことはないようで出血も治まったので風呂に入って眠りについた。

朝になって、高山は妻からびしょ濡れの衣類について聞かれたので事故を伝えた。しかし、もちろん詳しい事を言うわけにはいかない。

車両を確認してみると、見るも無残な姿になっている。修理費用に大きな金額がかかることは素人目にも明らかである。自分の加入している自動車保険には、車両保険も付いているので修理費用は保険でまかなえるだろう。とりあえず保険会社に事故報告をしよう。

しかし、考えてみれば相手車はわからないのであるから、事故場所は適当なところでよいだろうと判断して保険会社に電話をかけた。事故場所、事故状況などを説明した後、保険会社の社員から警察への届出を聞かれた。届出はしていない旨を伝えると今からでも良いので警察へ届けて欲しいというので、届出ることを伝えて電話を切った。

警察へ届け出るとなると適当な場所というわけにはいかない。事故現場を管轄する警察に電話をかけたところ、相手車は事故直後に届出ているという。さらに事故車両を持って警察へ来るよう指示を受けた。

こうなると先に保険会社に報告した内容は出鱈目ということになる。そこで、再度保険会社に電話をかけて先に報告した分は誤りであるので破棄されたい、この電話の内容が正しく、警察にはこれから届けるということで報告をやり直した。

この後、修理工場に頼んで車両を警察まで運んでもらい、警官から文句を言われながら事故の受理をしてもらった。また相手の連絡先も警察から教えてもらうこととなった。

以上が今回の事故の概要である。


『武さん、おもろい案件があるんですけど、どうですか?やってくださいよ。』
例によって中川である。
『おもろいって何が?』

『いやね、事故報告が二つ出て、そのうち一つはウソの報告なんですよ。で、事故後に現場から立ち去って翌日に警察届出ちゅうやつです。極めて飲酒の疑いが濃いんですがね…』

『一つはウソの報告って何や?どういうこと?』

『それがどうもようわからんのですが、最初の報告は全然場所も違ってて相手はいなくなってしまったと。その後、先ほどの報告は間違いで、正確にはこの場所で今から警察に届けるというもんですわ。』

『けったいな事故報告やな。ま、とりあえず契約者に会うてみんとわからんな。』

『じゃ、お願いしますね。』

ということで、高山に連絡を取って面談することとなった。


『お忙しいところ申し訳ありません。電話でちょっとお話ししました通り、事故状況の確認と深夜の事故ということから飲酒についてお伺いしたいのです。』

『飲酒については本当に酒は飲んでいないので問題ありません。しかし、保険を請求するのに面倒なことなのですね。』 と不機嫌そうである。

『申し訳ないことです。保険会社としても同じように深夜の事故で他の契約者さんに調査を入れて、高山さんだけ調査を入れないというわけにも行きませんので御容赦ください。そんなことをしたら不公平になってしまうのです。』

『手みじかにお願いします。』

『はい、ただ飲酒の確認については、事故前の行動についてお伺いすることになってしまいます。プライバシーに関わることでどうしても答えられないということであれば、それはそれで結構ですが、出来るだけ御回答くださるようお願いします。』

『……。』

『まず、事故報告が二種類出されているということなのですが、これは一体どういうことなのでしょう?保険会社の手違いとか?』

『最初の分は間違いだったのです。ですから訂正して欲しいとお願いしたのですがね…。』

『間違い?事故場所は全然違うところになっていますよ。もしかして二回の事故だったとか?』

『いや、最初に電話した時は事故場所を間違えてしまったのです。ですから直ぐ後に報告をやり直したということです。』

『そうですか、しかし、事故報告をされたのは事故の翌日ですよ。しかも事故時間は午後11時45分頃です。いくらなんでも事故場所を間違えることはないと思いますが…?』

『それは…、最初は相手のいなくなったので事故場所はどこでも良いと思ったのです。ところが警察に届ける必要があると聞いたので訂正したのです。』

『なるほどわかりました。では、事故状況についてお伺いしますが…。』
ということで事故状況についての説明を受けた。これは先に書いた通りである。

『しかし本当に大変でしたね。ところで、先日お電話を差し上げた時にも申し上げましたが、今回の事故は午後11時45分に発生ということなので、深夜の事故ということから保険会社さんは飲酒の確認を依頼されるということになります。そこで事故前になにをなさっていたかをお聞きすることになるですが…。』

『酒は飲んでいませんよ。間違いありません!』

『はい、飲酒確認というものは、お酒を飲んでおられたらおられたで、飲んでおられなかったらなかったでそれを立証する必要があります。ですから事故前の行動について教えていただくということになっているのですが…。』

『夕方から人と会っていましたが…。』

『具体的には何時頃からでしょう?』
『午後7時頃からです。』

『ではその前はどちらにおられたのでしょうか?』
『自宅です。』

『ということは、午後7時頃にお約束をされていて、それに合わせてご自宅を出られたということでしょうかね?ご自宅は何時頃に出られましたか?』
『6時過ぎ頃だったと思います。』

『お会いになっておられた方はお仕事の関係でしょうか?』
『いえ、プライベートな知り合いですが…。』

『新大阪からご自宅に向かわれる途中の事故とのことでしたね。最終の出発点も新大阪ということになりますが、午後7時頃からどちらかに行かれましたか?』
『知り合いが食事をしたいというので、新大阪近くの居酒屋に行きました。』

『その居酒屋でずっと過ごされたということでしょうか?』
『居酒屋に居たのは1時間程度だったと思います。』

『その後、別のお店に行かれたとか?』
『どうしてそのように細かいことを聞かれるのですか?』とだんだん不機嫌さを増してくる。

『おことわりしたように、飲酒確認ということですから事故発生前に何をされていたかをお聞きするしかないのです。どうしても回答出来ないということでしたら仕方がありません。それはそのまま保険会社に報告するということになります。』
『言わないと保険は支払われないということですか?』

『保険金を支払う支払わないの判断を下すのは保険会社です。我々はそのための材料を契約者の方からお聞きするという仕事をしているのです。契約者の方が言えないというものを無理やりお聞きするわけにはいきません。』
『出来ればお答えすることなく済めばありがたいと思います。』

『申し訳ないことと思います。私としても実はそのようにプライベートなことはお聞きしたくありません。しかし、これは私の仕事で、高山さんに飲酒事実があったかないかを確認したいだけなのです。』

これはなかなかやっかいな面談になってしまった。この契約者がなにかを隠したいということはわかるのであるが、どうもいまいちすっきりしない。
飲酒はなかったとするが、とりあえず立寄ったところは居酒屋と言う。このように大きな損害になりながらなぜ事故後に現場から立ち去ったのか?また、保険会社に事故報告を入れた際になぜ事故場所を変えたのか?すっきりしない疑問点が多すぎる。

『高山さんが、答えられないとされているのを無理やりお聞きするわけにはいきません。その旨保険会社に報告することとなります。しかし保険会社は現状では保険金支払いには応じられないとなると思いますよ。』

『私は契約者で、保険料を支払っているのですよ!支払いの段になって文句を言うのは保険会社の常套手段ですか!』


いよいよ険悪な雰囲気になってきた。これは時間をおいて出直すか保険会社の担当者から再面談の説得をしてもらうしかないという状況である。しかし、せっかく時間を取って出てきているのでそう簡単に引き下がるわけにはいかない。


『保険料を支払っておられるのは当然のことです。保険会社とお客様は約款というものに縛られています。約款にしたがって保険会社は保険金を払い、お客様は約款にしたがって保険金を請求されるということです。飲酒については約款での規定があります。ですからそれを確認しなければ保険金支払いが出来ないのは当たりまえですね。とりあえず今日のところはこれ以上のお話しは無理なようですので、私も保険会社からの指示を待つということにしましょう。』

『ちょっと待ってください。それじゃ保険金はどうなるんですか?』

『それについては保険会社からの連絡をお待ちください。』
『しかし、せっかくこうやって時間を取っているのですから、なんとかして下さいよ。』

『なんとかと言われても、高山さんの回答が得られないのであればどうしょうもありません。』
『私の言うことは、他のところには漏れないんでしょうね?』

『我々には守秘義務があります。また我々が得た情報が保険会社に報告する以外に漏れることはありません。しかし、これは当社と私を信用してもらうしかありません。』
『実は、居酒屋を出た後に我々はホテルに行ったのです。その後、彼女を家まで送って自宅に戻る途中だったのです。我々の関係は人には言えないものです。おわかりになるでしょう。その上、彼女は環境がちょっと大変なのでこのようなことが漏れると大変に困るのです。』

『大変によくわかります。我々は探偵社ではありませんのであなた方の関係がどうあれそのようなことに関心はありません。ただ、事故当時、高山さんが飲酒状態であったか否かという確認をしたいだけなのです。』
『ですから飲んでいないと言っているでしょう。』

『そうですね。ところで、その居酒屋はどのあたりにある店ですか?また居酒屋で何を注文されましたか?』
『新大阪駅近くの洋風居酒屋です。○○ビルの中にある店です。私はソフトドリンクを注文し、彼女はワインと一品料理を注文していました。私は夕食を済ませて出て行ったので彼女の注文した料理をつまんだという程度です。』

『彼女が注文されたワインは赤ですか白ですか?またグラスですか?ボトルですか?料理というのは何でしたか?』
『グラスだったと思います。料理については忘れました。』

『お忘れになられたということですが、つい1週間前のことですよ。』
『あなたは昨夜食べた夕食の内容を覚えていますか?1週間も前のことを覚えていません。』

『ごもっともです(笑)居酒屋の代金は高山さんが支払われたと思うのですが、金額はいくらぐらいでしたか?またレシートを取っておられますか?』
『そんなものは忘れました。レシートなどは取っていません。』

『わかりました。細かいところをお聞きしてすいません。ところで、一緒におられた方についてお名前を教えていただけませんか?また、今回の確認において、保険会社からその方に確認して欲しいと言われた場合それは可能でしょうか?』
『先に言いましたように、彼女はちょっとややこしい環境にあるのです。私は正直にお話ししたつもりです。彼女についての情報をお話しすることは遠慮したいと思いますし、彼女に確認されることは遠慮願います。』

『そうですね。お気持ちはよくわかります。その点については保険会社の意見を聞くことにします。しかし、事故直前まで一緒におられたのは彼女ということになりますので、聞いてくれといわれる可能性が高いと思います。』
『どうしてもというならともかく、そうでないなら確認は無しでお願いしたいと思います。』


もっともな話である。誰も事故を起こしたことによって、自分の不倫相手にまで影響が及ぶなどとは考えられないであろう。高山もそんなことになるとは夢にも思わなかったであろう。
男と女がラブホテルに行ってすることは一つである。今回の事故の場合、仮に最初に行ったとする居酒屋で高山が酒を飲んだとしてもそれが大量であるとは考え難く、事故当時に飲酒の影響があったとは思えない。
しかし、それならなぜ事故現場から立ち去ったのか、事故報告についての疑問は残されたまま面談を終えた。


通常、このような飲酒確認の場合、同行者の確認と当日の行動の裏づけを取る。今回の場合は契約者が同行者についての確認を拒否しているので、とりあえず立寄先とする居酒屋に確認を行い、説明と合致するオーダー控えなどが見つかればラッキーである。

保険会社には面談結果を伝え、居酒屋の確認を行った。ところが、残念なことにその居酒屋は全国チェーンの居酒屋であり、売上伝票についてはすべて本社に送り各店舗には保管されていないということであった。本社で探してもらえないか?の依頼を出し、10日あまり待ったが、結局伝票を発見することは出来なかった。

その後、保険会社は高山と一緒に居た横山に直接面談して話を聞いて欲しいと言ってきた。これは珍しいケースで、通常は電話での確認出済ませることが多いのである。場合によっては電話での確認の方が情報を得やすいこともある。しかし、会えというので仕方がない。

会って話しを聞いたとしても、横山と口裏を合わせた場合たいして意味のないものである。むしろ現在の疑問点を直接高山にぶつけて再確認した方が良いと考えていた私には予想外の指示であった。

案の定、高山は非常に困惑した様子であったが、保険金支払いを受けるためにやむを得ないと判断して横山との面談を承諾した。
会って話しをしてみると横山はさっぱりとした性格の人物で、そんなことならもっと早く連絡をもらったら解決していたのにというようなことで、高山についての飲酒事実がなかったことを証言した。

なぜ、高山がそれほどまでに横山のことを隠そうとしたのかについては、横山が夫との離婚係争中であるため、万が一高山との関係が発覚すると横山に大きな迷惑がかかると判断したからであろうとのことであった。

後に高山に確認したところ、事故現場から立ち去ったのは雨のせいで事故処理の鬱陶しさもあったが、事故前の行動を聞かれると困ると思ったこと、保険会社に事故報告を入れた際に実際の事故場所と異なる報告を入れたのは、警察届け出の必要性を指摘されたこともあったが、同じく横山との関連を遠ざけるためのものだったということであった。

結果的には高山が横山の事に配慮しすぎたことにより、余計にややこしいことになってしまったということになるが、不倫関係などが根底にある事故調査は面倒なものである。

なお、本件調査については事故発生時間頃の降雨量を確認するため、気象台に気象確認を行うとともに警察での確認を行ったこと、また高山が横山を送ってから事故現場までの走行ルートを実走したことはいうまでもない。



 本件のポイント

この案件は飲酒調査であるが、不倫関係にある当事者がその関係を隠すことに終始したため調査に時間を要してしまったというものである。調査内容そのものに特徴があるものではないが、背景事情がややこしくなると調査にも影響が出るということになる。
結局、横山の証言をもとに高山の疑義は晴れ、保険金の支払いになったとのことであるが、飲酒疑義事故についてはデリケートな内容を含むケースが多いことは事実であり、ある意味調査員泣かせとなる。


この項で書いている記事はずいぶん以前のものですので、現在とは状況が異なっている場合もあります。
しかし基本的にはなにも変わっていないともいえますので、そのまま掲載しています。

2016年12月19日



スポンサーリンク


■ カテゴリーコンテンツ


■ スポンサーリンク


ページのトップへ戻る