ひょっとして偽装?【替え玉】

本ページの内容は,実際の調査事案を基にしたフィクションです。したがって登場人物その他は実在するものではありません。

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ひょっとして偽装?【替え玉】


調査依頼というものは時として重なって来る場合がある。調査会社の営業マンはそれぞれに保険会社を回って案件を取って来るので、たまたま受件数が多くなるということであるが、実際に調査を行う調査員の数は限られているのでとばっちりを食うのは調査員である。

もっともこのご時世なので仕事が無いことを思うとありがたいことではあるものの、自分のキャパシティを超えるとしんどくなって来る。今回も現在担当している案件の消化具合を見ながらスケジュールを立てているところに、たて続けに数件の新規依頼が来た。

とりあえず着手はしないといけないので、スケジュール表を見ながらアポイントの電話をかけ終わると、携帯電話に伝言が残されている。アシスタントの麻美からである。麻美からの電話はたいていが保険会社からの進捗状況の問い合わせの対応である。

この手の電話を放っておくと後でとんでもなく不機嫌になるのでコールバックをする。そりゃそうだな、麻美にしてみればクライアントから「どうなっていますか?」と聞かれているので回答が出来ないと自分が困るからである。

いくら我々が一匹狼といってもスタッフの協力がなければ仕事にならないわけで、ヘソを曲げられると極めて困ることとなる。もっとも麻美の場合は自分の娘と年令がほとんど同じということもあって、少々のことなら「まあいいか」となってしまう部分がある。

『あっ、契約者が松本大作という人の案件なんですけど、どうなってますか?って聞かれてるんですけど…』 この案件は一応の調査は終わったのであるが、いまいちすっきりしないのでレポートをまとめるのに躊躇している案件であった。

『ああ、それなあ…。いまいちすっきりしなくてね…。』

『じゃあ、調査は終わってるんでしょう?』
『まあな。』

『まあなって!どうなってますか?って言ってますよぉ。』
『そんなことはわかってるけど、ちょっと迷ってるんや。』

『もうだいぶ時間経ってるし、何時レポート出るんですか?』 と、今日はいつになく不機嫌な感じである。

『なんかえらい機嫌悪いな、彼氏とケンカでもしたか?』

『何言ってるんですか、はぐらかさないで答えてくださいよ。』
『もうちょっと時間稼げないかな?』

『だってぇ…、じゃ3日間はどう?』
『アホか、それじゃ全然時間稼ぎにならんやないか!』

『じゃあ、なんて答えるの?』
『未確認のところがあるようなのでもう少しお時間を頂きます。とか言ったら…?』

『なんかわからんけど、早くしてね。』
『わかった、わかった。』
電話を切って、ふぅーとためいきが出た。

この案件は、駆け出しの頃に扱った案件で当時のレポート審査担当者から指摘されてドジを踏んだ内容に極めて似ているケースであった。そのため異常に神経質になっていたのかも知れないが、時としてレポートの筆が進まない案件というものがある。

一つは調査に情は禁物と言うが、約款上無責(支払えないこと)に違いないがどう考えても契約者が気の毒という場合。もう一つはどうもすっきりしないというやつである。

自分自身がどうもすっきりしない、納得出来ない部分がありながら調査を終了するというのは極めて神経に悪い。かといって我々の調査には限界があって、警察の捜査のように踏み込むことが出来ない部分があるのでどうしようもない。

そこで妙なストレスを残しながらレポートをまとめるということになるので、キーボードのタイピングが一向に進まないという結果になる。


私が駆け出しの頃に失敗したその事故は午前5時過ぎに発生した。場所は阪神高速環状線に合流する比較的急なカーブになっている地点である。運転者はそのカーブに進入するのに時速約100km程度の速度であったと思うとしていた。はたして車両は側壁に衝突し、横転後反転してしまった。

運転者にケガがなかったのが幸いであったが、なんとこの運転者は車両から這い出した後、事故車両はそのままにすぐ近くにあった高速道路のランプウェイから一般道に下りて、近くにあった公衆電話から知り合いに助けを求めたというのである。

この車両はその知り合いから借りた車両であり、その車両を市内某所に返却に行く途中の事故であったため事故発生と同時に動転してしまい、正常な対応が出来ず助けを求めたとし、事故原因についてはいねむりであり、現場カーブ手前にあるカーブを曲がったあたりから記憶がないとしていた。

知り合いは就寝中であったが、その場に待機するように指示して、ただちに自宅をタクシーで出発して運転者の待つところに駆けつけた。その間の所要時間は約30分程度であり、その後、運転者は事故現場に戻って警察の事故処理を受けたというものである。

運転者が現場に戻った時は、すでに警察による現場検証が行われレッカー車も現場に到着していた。警察から事情聴取を受けたが特に罰則を受けることはなかったとしていた。

警察確認、運転者および当該保険契約の契約者でもあった運転者の知り合い、事故現場の調査等を一応終了し、レポートをまとめた。

この時の保険会社からの調査依頼は飲酒調査であった。結局飲酒については問題ないであろうとの結論に達し、その部分での調査は終了したのである。

特に保険会社からの異論もなく、また契約者が大口契約者であったことという理由もあるかも知れないが、その後の追加依頼もなくほぼ全損となった車両保険金は支払われた。


調査会社には、レポートを審査する担当者が居る。調査会社にとっては調査レポートが商品であるため、そのクオリティを保つために当然のことである。

審査担当者は、多い時には一人で月に数百件ものレポートを読むということになる。これは極めて大変な仕事であるが、その分、各レポートから得られる情報によって目が肥えるということになる。

必然的に着眼点、視点が一般とは異なってくるのである。

私がこの案件を担当したのは、まだ駆け出しの頃だった。飲酒調査というポイントにばかり目が行って全体を見る余裕は正直言ってなかった。

ある日、レポート審査担当者と話していた時、担当者は『なあ、武さん。あの時のレポートやけど、僕は一応保険会社にはこの事故は怪しいのでどうしましょうか?と聞いたんや。しかし、保険会社は営業のからみもあってか、もういいというのでそのまま調査レポートとして出したんけど、あれは替え玉事故やで。』と言ったのである。

『うん、たしかに当事者とその知り合いの話の内容から、ちょっとおかしいな?とは思ったけど、飲酒の点については問題なかろうと判断したのでレポートまとめたんやけど…』

『まあ、案件ようけ出してるからレポート提出をせかしてるし…。とは思うねんけど気ぃつけてな。ただ、それも武さんが面談した時に細かい情報を聞いてくれてるからわかるんやけどな…。あんた人がいいしな(笑)』

『それって、俺がアホや言うてんのと一緒ちゃうか(笑)』

『いや、そんなことはないねんけど、調査というのはいろいろ奥が深いもんやで。』

たしかにその通りである。その後、このレポートの関係者面談を読み返してみると、おかしなところが随所にある。

この運転者はある店舗を経営しているが、実質的にはその知り合いがスポンサーとなっている。運転者が事故を起こしたとする時間帯は自宅で就寝中であったが、運転者から連絡をもらってすぐにタクシーで自宅を出発した。ちなみになぜタクシーで出かけたかについては自身が前夜に深酒をしたため二日酔い状態だったからとしていた。

この事故の特異な点は、事故直後に運転者が現場から立ち去ったことにある。通常ならまず現場から警察に通報するか、もしくは他の通行車両から通報があったとしても現場から事故車両を置いたまま去ることはないであろう。

これについては運転者が借りた車両で事故を起こしてしまったので動転してしまい、どうしたらよいのかわからなくなって、とりあえず知り合いに連絡しなければ…と思い公衆電話を探すため高速道路から下りたとしていたが、これはどう考えても不自然な行動である。

面談記録の中には、携帯電話があるのになぜ?という質問もしているのである。しかし、それは動転ということで誤魔化されてしまっている。この運転者がやっているという店舗の場所と、知り合いの自宅というのはわずか数キロしか離れていない。

これらの点から推測されることは、事故を起こした車両を運転していたのは実は知り合いの方であって、この男は飲酒運転がばれることを恐れると同時に車両保険の適用がなされないことに瞬間的に気付いたのであろう。

そこで、警察が到着する前に急遽現場から立ち去り、替え玉となった運転者に連絡をとってタクシーで現場に来るよう指示したのではないか?ということである。

替え玉となった運転者にしてみれば自身の経歴にキズが付くわけでもなく、普段から世話になっている状況を考え合わせると断ることは出来なかったと考えるのが順当と思われる。

したがって、この事故は替え玉請求であった可能性が極めて高いのである。


麻美が督促を受けた案件はこの事故に酷似しているものであるが、その裏づけに困難な部分があって困っていたのである。いつまでも保険金支払いを止めておくわけにもいかないため、督促してくるという結果になったのであるがこういう案件は面白さがあるものの難儀するという典型的な例なのである。



 本件のポイント

当事者面談その他から細かい部分をいかに聴取するということが極めて重要になる。その内容を後で細かくチェックすることによって疑問点が出て来る。その疑問点をつぶしていくということがモラルリスク(不正請求)調査のポイントであることは間違いない。


この項で書いている記事はずいぶん以前のものですので、現在とは状況が異なっている場合もあります。
しかし基本的にはなにも変わっていないともいえますので、そのまま掲載しています。

2016年12月19日



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