そこまで隠す理由は?【虚偽申告】

本ページの内容は,実際の調査事案を基にしたフィクションです。したがって登場人物その他は実在するものではありません。

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そこまで隠す理由は?【虚偽申告】


麻美は大阪の郊外にある小さな町に住んでいる。いつもなんやかやと無理を言っているので、たまにはサービスしておこうと思っていたところに丁度その方向に向かう案件が出てきた。

被調査人の面談聴取アポイントが夜になったので、夕方、仕事を終えた麻美を最寄の駅まで送っていくことにした。途中でお茶でもごちそうすることにして、とある喫茶店に入った。

『今から面談して終るのは何時頃になるんですか?』
『さあ、それは相手次第やなあ…。平均的に早ければ1時間程度やけど、長い時は2時間以上の時間を必要とすることもある』

『そんなに?それだけ聞くことがたくさんあるっていうこと?』
『そうやね。案件の内容によるけど、たくさんの情報を聞き出さないと話にならんのや』

『そういえば武さんのレポートって、たまにものすごく分厚いやつがあるよねえ…』
『それは、それだけ書かないとレポートして成り立たないからや。好きで長いの書くわけじゃないけど仕方がないんや。結局、僕らはレポート出してなんぼのもんやからね。しょうもないレポートを書くわけにはいかん』

『でも、その分、単価が高いからいいじゃない』
『なに言うてんねん!よーく考えてみたら、僕らの仕事は面談聴取や、現場調査、それに裏づけなどと外に出てやらなあかんことは結構あるうえに、レポートを書くという作業がある。それらの総所要時間をギャラで割ったら、コンビニでバイトしてるねえちゃんより時給が安いことがあるで!ほんまにどうにかして欲しいわ』

『でも、武さんの報酬伝票は枚数少ないわりに金額大きいわよ』
『枚数が少ないということはそれだけ時間がかかる、ちゅうことや。単価が大きくても時間がかかるんやったら同じことや』

『でも、仕事そのものがおもしろいからやってるんでしょ?』
『まあな、そうでなかったら、やってられへんで!おっと、ぼちぼち行こか?』

『また、アッシーしてくれる?』
『ええよ、うまいことそっち方面の案件があったらな』

『営業の人に言っとこうっと』
『…?。ところで、彼氏とはうまいこといってるんか?一時より落ち着いてるみたいやけど…』
『まあね。ぼちぼちってとこかなあ…』


麻美を近くの駅で降ろしたあと、面談場所に向かった。約束の時間より少し早く到着したので、依頼書等をあらためて確認する。

といっても、この指示書には単に「うそつき!」と書いてあるだけである。もっとも保険会社からの依頼書ではなく、会社の営業担当者が私宛に書いた指示書である。

今回の案件はなかなか面白そうで、運転者は車両単独事故を起こしたが当初まったく違う場所を事故場所として申告していた。警察にも届出たが、警察では事故場所と車両の損傷程度が整合しないとのことから事故届の正式受理がなされていなかった。 保険会社の担当者が、そのことを指摘すると、今度は別の場所を申告したというものである。

別の調査会社でその事故場所を調査したが、アジャスターの意見によると、その申告場所もどうやら事故場所ではないとのことらしい。

なんでそこまで事故場所を隠す必要があるのか?それがポイントであった。保険会社としては本当の事故場所と事故状況、それに深夜の事故ということから飲酒調査も…ということである。

この案件を受けてきた営業担当の山中と事前の打ち合わせの時に資料写真をもらった。車両の損傷は明らかに右折の状態で何か垂直のポール状のものに衝突し、さらに平らな固いものに衝突した痕跡がある。一方、事故現場とする現場写真には、たしかに道路標識のポールがあり、その先に車止めのコンクリートがある。しかし、ポールは普通の状態で立っており、コンクリートには衝突痕はないとしている。

「こりゃ、この場所が事故現場でないことは確かやなあ…アジャスターの言うように整合はせんで!」

「そうでしょう。だから一体なんでや?ちゅうことですわ。しかも1回目の報告はまるっきりウソの場所ですし…。もっともその理由は自損事故やからどこでもええと思ったと言うてるらしいですわ」

「それはまあようあることやけど、2回目の場所もウソというのはなあ…」

「ほんまに…。なんでやねん!というのが今回の目的です」

「まあ、隠さなあかん理由があったんやろ。ところで運転席のフロントガラスはひびがいってるし、ケガはなかったんか?」

「どうやらなかったようです」

「しかし、そこそこ当たってるで。運転者は女やけど、ほんまは別の奴が運転してたんとちゃうか?」

「どうですかね?保険会社の担当者も、そんなことをちらっと言うてましたが…」

「まあ、とにかくいっぺん会うてみんと話にならんしな」

というようなことで、いよいよ運転者である沢田裕美子に面談となった。沢田は38歳とのことである。


まずは型通りの挨拶のあと、面談の目的を説明する。人によって異なるのであろうが、私は単刀直入に目的を話すことにしている。時として事故状況を聞きながら飲酒の状態を聞き出してくれなどというワケのわからない指示を出して来る保険会社の担当者も居るが、それでは核心をつくことが出来ない。

しかし、今回の場合もとりあえず現場は知らないということで話を聞いてくれとの指示があった。すでに整合しないことはわかっているのだから、はっきりと場所が違うことから入れば話が早いと思ったが、この指示は無視するわけにいかないので、とりあえずはとぼけて事故場所の説明と事故状況の説明から聞くことにした。

はたして、沢田は事故場所の説明について、ポールはともかくコンクリート製の車止めをプラスチックタンクと言い、さらに衝突時の状況衝突後の停止場所等については極めて曖昧な説明を行なった。そのうえ衝突後、車両は自走が可能であったので直ちに勤務先の駐車場まで戻ったと説明した。

車両の損傷程度から、それほど距離を走行出来る状態ではないように思えた。また、事故後に勤務先の駐車場に保管したという説明は後になって崩れた。

事故前の行動として、大阪市内と取引先に出向き、そこで取引先の社長と近くの居酒屋で食事を摂ったが、その時に軽くチューハイを飲んだということであった。仕事が終わった後に勤務先に戻る途中での事故ということであったが、どう考えても仕事先から勤務先に戻るには筋違いの走行ルートである。

この点を指摘すると、事故現場の先に立ち寄り先があったとする。しかし、その説明態度は毅然としたものではなく、どこか人をくったような部分が感じられ、またその中に隠さなければならない何かがあることが窺えた。

よほど現場調査も終っており、今回の事故がその場所で起きたことではないことはわかっているのだから本当の場所を説明するよう突っ込みを入れようかと思ったが、指示があるだけにそれは出来ず、とりあえず一旦引き下がることにした。

結果としては、これが命取りになって最終的に実態を解明することが出来なくなってしまったのである。それはその後、沢田が面談拒否をしたからで、これでは落とすことが出来ない。

結局のところ、事故現場としていた場所を再調査に行き、標識ポールが最近立て替えられたものでないことを確認して、整合性の観点から虚偽申告であることを立証するという形でのレポートとなってしまった。

事故前の立ち寄り先である仕事先、それに本来事故がなければ立ち寄る予定であった先の確認を行なったが、いずれもが沢田の勤務先に関係するところなので、まったくの第三者からの聴取とはいえず、真相は不明のまま終了してしまった。

終了前に沢田に電話をかけて、事故場所は整合しない旨を伝えたが、あくまでもその場所に違いないと主張していた。面談時の印象から沢田には、事故場所を変えて事故報告をするなどの知恵は回らないと思われた。おそらく誰かの指示を受けてそのようにしたか、誰かに相談したものと推測される。

本件事故調査においては、全体像が見えないまま終了する結果となってしまったので、いささか消化不良という感が否めないが本件事故の実際の運転者は沢田以外の何者かであった可能性が高いものと思われる。

本件事故車両にかかる保険契約には、運転者の年令条件や運転者限定などの特約は付加されていない。したがって誰が運転していても保険金の支払いを受けることが出来るのである。

もちろんそこには絶対免責という条件はあるが、本件には一応該当しない。仮に沢田自身が運転していたとして、沢田にはそこまで事故発生場所を隠さなければならなかった何かの事情があるのであろう。

調査の過程において、さまざまな憶測が出来る断片的情報をキャッチ出来たが、事件性があるものでもないのであえて追求する案件ではないとした。

人生いろいろ、人にはそれぞれ事情があるということである。



 本件のポイント

本件事故調査の最初のつまづきは、面談時に不整合であることの追い込みが出来なかった点である。打ち合わせ段階でその点については言及したが、あくまでも現場は知らないというところからスタートして欲しいとの要望があったので、やむを得ずその指示に従ったがそれが真相究明を遠くしてしまった要因ともいえる。
調査員にはその経験から一種の勘のようなものがあり、手法をいろいろ考えるものである。机上での経験と現場を踏んでいる経験との差は歴然としたものがあり、その点を考慮して任せるというスタンスを採ってもらえると、もう少し踏み込めた調査となったと思うのだが…。


この項で書いている記事はずいぶん以前のものですので、現在とは状況が異なっている場合もあります。
しかし基本的にはなにも変わっていないともいえますので、そのまま掲載しています。

2016年12月19日



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